【最新更新日　：　2023年06月23日金曜日　】

２０２３年の読書履歴（№3）

★ 評価は、私の独断と偏見でつけたもので、読んだ時点で「ん、これは良かった！」と思った本です。
　　本そのものの良し悪しとはまったく関係ありません。☆はイチ推し、◎は、おすすめの本です。

№	了月	書籍名	著者	出版社	評価	コメント＆抜き書きへのリンク
3	23.01	上海の長い夜	鄭　念(チェン・ニエン)	朝日文庫	◎	１　魔女狩り・中国人は、自分自身で考えるのでなく、党の言うことをくり返すだけのほうが党の信任をが厚く、好感をもたれるということを経験から学んでいた。・人間が幸せになるには、自分のやりたいしごとをしなくてはならない。・娘は言った。　「うーん、自分が本当になにがしたいのかは考えないの。政府が仕事をくれるんですもの。そんなふうに考えても仕方ないわ。本当にしたいことを考えると、失望するだけだもの。友だちにしたって、だれもそうは考えないわ」２　嵐の前の静けさ・亡き夫の友人であるペンキ工場の経営者である胡さんは言った。　「下級の共産党の役人たちは、ほとんど全員劣等感をもっています。奴らはわれわれに対して支配力がありますが、どうしたものかひどい劣等感をもっています。これは不幸なことです。というのは、奴らのなかには自分たちの権力を、われわれの生活を不快なものにしたり、われわれを侮辱したりするために利用することによって安心する必要がある、と感じている人たちがいるからです。質問されているときは、毅然としているべきですが、同時に失礼にならないようになさい。奴らを怒らしてはいけません。奴らは陰険になり、意地悪くなります。そしてすごく残酷にもなります」・共産党の役人たちは、人間の高潔さについてさんざん言っておきながら、人の徳行とは無関係に、その人が彼らにとって役に立つ場合には、いつも褒美を与えた。・メイドは言った。　「お寺を壊しているんです」・私は尋ねた。　「だれがお寺を壊しているの」・「若い人たちです。たぶん学生でしょう。毛主席に迷信をやめさせろと言われたそうです。また、僧侶は毛主席に反対する反革命分子だとも言っていました」　「僧侶たちはどうしてたの」　「なにも、学生たちが坊さんを取りまいていました。なぐられている人たちもいました。私がお寺に着くと、坊さんが中庭で地面にひれ伏しているのが見えました」・コック（料理人）が市場で体験したことは、資本家階級――これは一般大衆にとっては単なる「金持ちの人たち」だったのだが、――を敵とする大量の宣伝によって生まれた異なる階級に対する憎悪の結果だ。・しかしお寺で起こったことは、寺が国営であるだけに不可解であった。そこにいた僧侶たちは事実、公務員だった。もし政府が政策を変更しようと決めたのであれば、寺院を閉鎖し、以前の大躍進運動のときにやったように、僧侶を他の職業に就かせることができたはずだ。・プロレタリア文化革命は、実際は毛派と劉少奇や鄧小平の率いる穏健派のあいだの闘争であった。・一九五八年の大躍進のときには、学校でも資本家階級の生徒たちは、みんな自分の家族の背景について批判しなくちゃならなかった。・李貞は、偉大な芸術家で有能な教師であった。　「自分の本心をしゃべったら、大きな罰を受けなきゃならないときに、他の人がなにを考えているかなんて、だれにもわからないわ」・共産主義中国に何年も住んだあとでは、言論の自由を許している民主的な政府が享受できる利点の一つは、だれが政府を支持し、だれが反対かが正確にわかることだと私は実感していた。・これに対して全体主義政府は、国民が本当は何を考えているのか、なにもわからないのである。・若い俳優の孔は、　「毛主席が紅衛兵の組織を承認している」・私は、「だれが最初に組織したの？」・「なんでも江青に勧められてできた、文化革命のための新しい組織ですよ。江青は、実際にはそっと精華大学付属中学で何人かの生徒の組織をつくり、それを生徒の自発的な考えであるかのように装ったとだれかが言ってました。江青は主席の奥さんなので、この案が受けたんです。今で毛主席に代わって、彼女が紅衛兵を正式に認可しています」・毛沢東が北京で紅衛兵の一団に接見した。　毛は人民解放軍の将校が着ているカーキ色の制服を着て、自筆で「紅衛兵」と書いた赤い腕章をまいていた。天安門の上から、毛は集まった若者たちからの大喝采に応えて、笑いかけ、手を振っていた。・毛が紅衛兵に送った特別のメッセージは、文化革命の烽火(のろし)を中国全土のすみずみにまでゆき渡らせ、革命の目標を最後まで達成しよう、というものであった。・若者たちは、敬うように言い聞かされて育った対象である、毛からのメッセージを、武装闘争への呼びかけと受け取った。・文革の初期の段階だったこの頃は、公然と攻撃目標に掲げられていたのは、まだ「資本家階級」だけで、したがって紅衛兵が攻撃の的としたのは資本家階級だった。・昔の中国では、夫を亡くした女性は自らのアイデンティティを失った。未亡人は実質的には社会的にほうむり去られたと同じで、隣人たちの嘲笑やゴシップにさらされた。・一九五二年に人民政府が施行した新婚姻法は総じて女性を保護し、差別を禁じていたが、未亡人やオールドミスに対する昔からの偏見は、根強く残っていた。・中国社会は、一本立ちしようとする女性を見て不快感を覚え、困惑しているように見えた。・紅衛兵は交通信号を逆にすべきかどうかについても議論を戦わせた。赤は「行け」を意味すべきで「止まれ」ではない、というのであった。・紅衛兵は花屋や骨董店を、そうした下らないものを買うのは金持ちだけだから、という理由で破壊した。・紅衛兵は。社会主義社会にとって腹立たしいもの、あるいはふさわしくないものは壊すか没収した。その基準はきわめて厳しかった。・社会主義を信奉する人間はソファなどに座らないと見なし、ソファはすべて禁止となった。スプリング入りのマットレス、絹製品、ベルベット、化粧品、西欧の流行を取り入れた洋服などは、運び去るか燃やすため通りに投げ出された。・紅衛兵が店のショーウィンドーから陳列品を撤去して以来、そこには毛沢東の公式の肖像写真が飾られた。・政治運動が始まると、銀行の出納係は大きな金額だと満期になっていても、預金者への支払いを拒否する権限を持っていた。。・ときには引き出しが必要な理由を証明する、預金者の勤務先の承認の文書を要求した。・紅衛兵の乱暴は、どんどんエスカレートしているようだ。犠牲者は辱められ、威され、抵抗すると殺されることもしばしばある。・新聞の記事や、主だった毛沢東主義者の談話は、紅衛兵を励まし、その破壊活動を祝福していた。・紅衛兵はプロレタリア革命運動の真の後継者と言われ、恐れることなく、古い世界をひっくり返し、毛の教えに基づいて、新しい世界を築く仕事の困難を克服せよと勧められた。３　紅衛兵・連絡係の役人は言う。　「プロレタリア革命の目的は、階級のない社会を作ることなんだ。そこでは、各個人が共通の利益のために働き、労働の実を楽しみ、人の上に人がいたりすることはないのだ」・しかし、これまで十七年間共産主義中国で暮らした結果、そのような社会は夢でしかないことがわかった。というのは、権力を掌握した人たちは例外なく新しい支配階級になったからである。・彼らは人民の生活を管理し、人民の意思を曲げるだけの力をもっていた。国家という名の下に生産と財およびサービスの流通を管理したので、彼らは一般庶民の手の届かぬ物質的贅沢も楽しんだ。・共産主義中国では、指導者たちの私的な生活の詳細は国家機密として護られてきた。・しかし中国人はみな、党の指導者たちが多くの使用人を使って広い家に住み、ぜいたくな品物が通常価格で入手できる特別な店から食料品を買い、子どもたちは運転手付きの車で、特に厳選された教師の教える特別の学校に通わせていることを知っていた。・役人は私の生活について、勝手な決定が下せ、私に説教したり、ありもしない罪で私を非難することが出来た。それも男が役人であり、私が単なる一般人民だった、という理由だけでそうできたのである。・男は権力をもっていたが、私にはなかった。私たちはどう見ても、同等ではなかった。５　独房・毛沢東支配下の中国で刑務所に行くということは、民主主義国家で刑務所に行くのと同じではなかった。・人は自分で無実を証明できるまで、常に有罪と見なされた。・被疑者は自分の行為によって判断されるのではなく、祖先が以前所有していた土地の面積で判断された。・中国人民はずっと昔に、新聞を読む唯一の方法とは行間を読み、活字になったこととともに掲載されなかったことにも注意を払うことだ、ということを学んでいた。・事実、中国人民にとって、ニュースの本当の情報源は新聞なんかでは全くなく、人から人へと小声で伝えられる政治的ゴシップであり、それも伝える人びとの名前は出されずに、記号とか符合によることが多かった。・これは「小道消息」と呼ばれ、主要な道路、つまり公のチャンネルを堂々と通っては来ないという意味であった。・かつて、共産党が権力を掌握する以前、共産党の地下組織は、国民党に対する中国人民の信頼を徐々に切りくずしていくのに、「小道消息」を効果的に用いた。今は共産党が「小道消息」に苦しめられていた。６　取り調べ・中国人民には、いつの世でも民族的な尊大さというものがあった。・国の外に出たことがなく、他の国民と親しく接したことのない中国人は、他の国の人たちを自分たちとは異なる人種と考えることが多く、したがって他の国の人たちを変な習慣をもった野蛮な生き物と考え、彼らのことを「外国佬(ワイグオラオ)」あるいは「洋鬼子(ヤングイズ)」とさえ呼んだ。・毛沢東統治下で自ら進めた孤立政策と、資本主義の悪魔についての党の宣伝によって、中国人民の自己欺瞞という不幸な状態がますます進んだ。８　党内の派閥・一九六七年の冬にかかった肺炎が発端となって、私の体力は急速に衰えだした。・また、精神力も減退した。論理的に、そして分析的に考えようとすると、そのためには多大な努力が必要だった。赤貧の状態にいると、どうして目がうつろになり、動きも無気力になってくるのか、わかり始めていた。・事実、私は心身ともに壊れてしまいかねない、精神的および肉体的消耗のすべての徴候を経験していた。・思考ができなくなるかもしれないという恐れは、髪の毛がゴソッと抜けるとか、歯ぐきから出血するとか、体重の減少が激しいなどの現象より明らかに強かった。・全くの孤独が及ぼす心理的影響も、神経をすり減らした。・私は、よく絶望的な気分になった。ひどく空腹なのに、与えられる貧弱な食事が、のどを通らないことが時にあった。・もし私が文化革命を生き長らえようとするなら、体力と精神力増強のための鍛錬をしなくては、と思った。・己の決意に奮い立ち、私は唐突に立ち上がった。・この日から、私は頭からつま先まで全身を動かす体操を工夫し、一日に二回行うことにした。・初め、体操をするとひどく疲れ、たびたび休んで中断しなくてはならなかった。・しかしながら、私は毎日体操することができ、二、三ヵ月経つと、いくらか体力も回復し、気分もよくなった。・精神的な訓練としては、初め毛の論文をいくつか暗記してみることにした。・ふたたび取調官と相対さなければならないとき、これまでより流暢に毛の言葉を言うことができると考えたからだ。【私見：ナチの強制収容所で生き長らえた人の手記を思い出す。また、自分が入院生活で体験、実践してきたことと少し重なる部分があり、心が動かされた】・毛は何百万という中国人を殺し、政治運動によってもっと多くの人たちを牢屋にぶちこんだ、憎むべき独裁者であり、毛のひどい経済政策によって国の経済は数回、破滅の瀬戸際に追いこまれた。・しかし、毛がゲリラ戦のすぐれた戦略家であることは、認めねばならない。ゲリラ戦についての毛の論文は、共産党軍の経験を土台とした明快な思考の傑作だ。・しかし結局のところ、一日に何時間も毛の著作を勉強するということ自体が、毛の犠牲者である私にとっては気の滅入る仕事であった。・どうしてかと言えば、それによって私自身の運命を牛耳っている毛の恐ろしい力と、それに打ち勝つことのできない自分の無力さを、常に思い知らされたからである。・そこで私は、毛の論文をやめて、代わりに学校時代に習った唐代の詩に変えた。・何十年間も脳の奥深くで眠っていた詩を掘り起こせたことは、本当に自分にとっても驚きであった。・自分で忘れていたと思っていた詩を思い出そうとすることは、楽しい仕事だった。思いだした断片をつなげて完全な詩ができるたびに、私はやったぞという思いで嬉しくなった。・唐の偉大な詩人たちの不滅の言葉は、私の記憶力の回復に役立ったばかりでなく、私を看守所内という暗い現実から、美と自由の世界へ連れていってくれた。・正気でいなくては、という私の執拗な努力は一応成功していた。・しかしそれでも私は、ひもじさと惨めさのあまり、かろうじてつかまえている生命線を放してしまいたい、という誘惑にかられるときがあった。そうしたときは、自分の闘争心を刺激するため看守とやり合う必要があった。・看守所のなかでは、他の囚人たちも、私たち二人のやりとりを聞いていることを私は知っていた。また、私の果敢な抵抗を面白がっていることもわかっていた。というのは、私も他の囚人が、看守に勇敢に立ち向かって言い返すのを聞くたびに、勇気づけられたからである。・私と看守とのやりとりを他の囚人たちが聞いているとわかると、私と他の囚人たちとの絆ができた。もはや私は一人ではなかった。・これは、囚人たちの暗黙の了解だとわかって私は勇気づけられ、叫んでいたためにすでに疲れてしまってはいたが、新たに頑張って続けた。・私が看守たちを挑発している本当の目的については、看守たちはなにもわかっていなかった。・独房に入れられていた六年半のあいだに、私はこうしたことを何回もわざとやった。これ以上眠れないとか、食事がのどを通らないほど抑鬱状態がひどくなるたびに、私は意図的に看守とやり合った。・腕にあざができたり、看守の重たい長靴で加えられた傷が今日でも脚に残っているが、看守たちと喧嘩をしたあとはいつも気分がよく、気持ちが落ち着いた。そして徐々にまた、私のなかに緊張が高まってきたのであった。・私に必要なものは、人との接触だと私は信じていた。看守たちとの言い合いでさえ、全くの孤独よりましだった。・そのうえ喧嘩は積極的な行為であり、中国人の美徳として知られている、忍耐をもって苦難に耐えることだけをしているより、精神衛生上もずっとよかった。・私にとっては、闘うという積極的な刺激だけが自分を精神的に元気づけるものだった。・取調官は言う。　「資本主義諸国は、中国が社会主義国家ゆえ、滅亡させようという試みを決してあきらめないだろう。われわれは今では、力もある。奴らは、われわれを武力で滅ぼそうと願うことはできなくなった。したがって奴らは、中国の内紛に望みを託している。奴らの大学で訓練を受けたり、奴らの仕事場で働いているあんたらは、みな奴らの政治的同盟者だ。イギリスは中国に侵入してきた最初の帝国主義国だ。未だ香港を占領している。イギリスは人民政府を承認する一方で、中国が国連のメンバーになるのを阻止しようとアメリカについた。アメリカは公然と国民党を支持しているが、イギリスは、それよりもっと危険なに二心をもっておる。もっと危険というのは、人民をそれでだますことができるからだ」９　続く迫害・私は中国人だったので、自分の死はずっと続く生の中断にすぎないと信じていた。つまり私は、子どもにそして孫に、世代から世代へ生き続け、終わることなく続くであろう。　　――　完　――